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zoom RSS 井上ひさしさんを偲ぶ

<<   作成日時 : 2010/04/14 14:55   >>

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「吉里吉里人」や「ひょっこりひょうたん島」「父を思えば」などで有名な井上ひさしさんは、9日午後10時22分に死去されました。
井上ひさしさんは、昨年10月に肺がんが見つかり、抗がん剤治療を受けていましたが、神奈川県神奈川市で75歳で死去さらえたのでした。埋葬は、近親者のみで行っています。
その井上ひさしさんは、劇作家、エッセイの作品を数多く残してきました。

井上ひさしさんは山形県小松町出身で、少年時代を一関市に移住してすごしております。母親マスさんが戦後釜石に移り住んだ関係で、上智大学在学中の2年間は、釜石市の国立擁擁所の勤務しております。
井上ひさしさんは、91年になりなった母・マスさんや数年前になくなった兄・滋さんの家も釜石にあります。
兄は、釜石で土木・建築業の社長をされていたのですが、仕事以外でも平和運動や趣味の音楽など、多彩な活動をされていました。
母マスさんも釜石に在住し、「人生はガタゴト列車」という小説を書いた人でした。

井上ひさしさんは、上智大学在学中に東京・浅草の劇場「フランス座」で文芸部員となり、執筆活動をはじめ、1964年には、放送開始の「ひょっこりひょうたん島」を共作し注目を浴びました。72年には、「道元の冒険」で岸田国士劇曲賞を、小説「手鎖心中」では直木賞を受賞し、81年発表の「吉里吉里人」では、日本SF賞を受賞しております。
常に庶民の立場にたった文学活動や社会活動をしてきました。
海外でも高い評価を頂、渡辺美佐子さん主演の一人芝居の「化粧」などでも活躍、84年には、「こばつ座」を旗揚げ、被爆した父と娘を描いた劇曲「父と暮らせば」は、映画化されました。
幼いころの戦争体験が常にあり、反戦、反核や憲法擁護の活動も説曲的にされました。
91年には、母が他界。
80年には、釜石を舞台にした「花石物語」を発表し、釜石で生活した頃の青春時代の50年代の頃の釜石に賑わいなどを生き生きと描きました。2002年9月から06年までは、岩手県人連合会長、02年11月からは「もりおか啄木・賢治青春館の名誉館長をし、06年開館の「いちのせき文学の蔵」特別会員になりました。
岩手県ゆかりの作品も多く、「新釈遠野物語」、宮沢賢治の評伝劇「イーハトーブの劇場」、石川啄木の評伝劇「泣き虫なまいき石川啄木」など本県に関連した作品も多く発表しました。

私は、文学が苦手な人でしたので、井上ひさしさんの小説をほとんど読んでおりませんが、80年5月に仙台で開催された憲法の集会では平和を題材とした講演を聞くことが出来、また、10年後にも開かれた憲法の集会でも講演を聞いた思い出があります。

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